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東京高等裁判所 昭和38年(う)1836号 判決 1963年11月05日

控訴人 原審検察官 山本清二郎

被告人 K・A子

弁護人 水上孝正

検察官 竹内至

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

右猶予期間中被告人を保護観察に付する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検察官検事山本清二郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。当審における弁護人は本件控訴を棄却する旨の裁判を求めた。検察官の控訴趣意に対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨は、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があると主張する。即ち、本件被告人はさきに昭和三十七年四月十三日東京地方裁判所で売春防止法違反の罪により懲役六月、二年間執行猶予の言渡を受けたものであるところ、右猶予期間中更に本件犯行をなしたものであるから、被告人に対し本件について懲役刑を言い渡し、その刑の執行猶予の言渡をするためには、必ず保護観察に付するか、補導処分に付するかのいずれかの裁判をすべき場合であるのに、そのいずれの処分にも付することなく、単純に刑の執行猶予の言渡をした原判決は、法令の解釈適用を誤つたものでありその誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。

よつて調査すると、被告人が原判決認定のような売春防止法第五条第三号前段に触れる行為をしたことは記録上明らかでありまた被告人には検察官所論のような売春防止法違反の罪の前科がありその刑の執行猶予中の者であることも本件記録に徴し疑のないところである。

しかして売春防止法第十六条には、同法第五条の罪を犯した者に対し、その罪のみについて懲役の言渡をするときは、刑法第二十五条第二項但書の規定を適用しない旨の規定があり、また、同法第十九条には、第五条の罪のみを犯した者を補導処分に付するときは刑法第二十五条の二第一項の規定を適用しない旨の規定があるので、本件のように刑の執行猶予期間中の被告人に対し、売春防止法第五条の罪のみにより懲役刑を言い渡し、その刑の執行を猶予しようとする場合は、刑法第二十五条第二項本文の規定に従い保護観察に付するか、または売春防止法第十七条により補導処分に付するか(この場合には保護観察に付するを要しない)のいずれかによるべきものであつて、そのいずれの処分にも付することなく単に刑の執行猶予の言渡をなすことは違法であるといわねばならない。即ち原判決はこの点において法令の解釈適用を誤り、その誤が判決に影響を及ぼすことが明白であるから論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に判決をすることとする。

原判決認定の事実(起訴状記載の公訴事実)を法律に照らすと、被告人の所為は売春防止法第五条第三号前段に該当するので、所定刑中懲役刑を選択して被告人を懲役六月に処し、なお被告人には前示のような売春防止法違反罪の前科がありその執行猶予期間中さらに本件犯行を敢てしたものであるから、諸般の情状に鑑み刑法第二十五条第二項本文第一項を適用しこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予すると共に、右猶予期間中被告人を保護観察に付することとし、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い全部被告人にこれを負担させるものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤嶋利郎 判事 荒川省三 判事 小俣義夫)

検察官の控訴趣意

原審は、公訴事実と同一の事実を認定した上、「被告人を懲役六月に処する。但し本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する」旨の判決を言い渡した。しかしながら、被告人を懲役刑に処し、その刑の執行を猶予する以上、保護観察に付するかあるいは補導処分に付する言渡しをしなければならない本件につき、そのいずれにも付する言渡しをしなかつた点において、原判決には法令の適用を誤つた違法があり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

すなわち、売春防止法第十六条は、同法第五条の罪を犯した者に対し、懲役刑の言渡しをするときは、刑法第二十五条第二項ただし書の規定を適用しないと定めているので、これらの者に対しては執行猶予の回数の制限が排除せられることとなる。しかし、この規定は、刑法第二十五条の二第一項の規定を適用しないと定めているのではないから、再度の執行猶予における必要的保護観察の規定を排除するものではない。従つて再度の執行猶予を言い渡した場合は、売春防止法第十九条に該当する場合を除き必ず保護観察に付さなければならないことになる。ただ売春防止法第十九条によれば、同法第五条の罪を犯したものに対し補導処分に付するときは、刑法第二十五条の二第一項の規定を適用しないと定めており、この場合には再度の執行猶予における必要的保護観察の規定も排除されることになるわけである。ところで、本件記録によれば、被告人は、昭和三十七年四月十三日東京地方裁判所において売春防止法違反により懲役六月、ただし二年間執行猶予に付する旨の判決を受け(同月二十八日確定)右刑の執行猶予期間中であつたことが明らかであるから(記録五八丁)、原審が被告人を懲役刑に処し、その刑の執行を猶予する旨の言渡しをなす以上は、同時に被告人を保護観察に付するかあるいは補導処分に付するかしなければならないのである。しかるに原判決が、前記のように、被告人を懲役六月に処し、二年間右刑の執行を猶予するのみで、保護観察にも補導処分にも付していないのは、明らかに法令の適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は到底破棄を免れない。

よつて、原判決を破棄の上、更に相当の裁判を求めるため、本件控訴の申立てに及んだ次第である。

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